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トレック30年史


1976年  ウィスコンシン州ウォータールーにある貸し倉庫がトレックの出発点であり、最初はたった5人の従業員でハンドメイドのスチール製ツーリングフレームを作る

1977年  ミネソタ州ミネアポリスにあるペンサイクルが世界最初のトレック販売店となる。後にトレックはオーナーであるエルマー・J・ソレンソン氏にその業績を称え功労賞を送る。

1980年  トレックの人気と生産はとどまるところを知らず、秋の収穫と同時に前の倉庫のすぐそばのとうもろこし畑に新たな会社を築き上げることになる。

1982年  軽量チューブであるレイノルズとコロンバスを使用したロードレーシングバイクシリーズ750/950がラインナップに加えられる。

1983年  アメリカでマウンテンバイク革命が起こり、トレックはその最先端を走っていた。最上級フレームのデザイナーであったティム・アイザックが、堅固なスチームフレームMTB850を発表するとすぐに、そのバイクはカリフォルニアで行われるWhiskeytown Classicという大会で使用される。

1984年  トレックはバイクだけでなく、パーツやアクセサリー類の開発も進める。最初は20ページほどだったTCGカタログも20年間の間に754ページまでに成長し、今ではトレックグループの中でも重要な役割を果たしている。

1985年  トレックは航空宇宙産業と提携を結ぶ。ロードバイク2000は航空宇宙技術を生かした最初のバイクとなる。



1987年  人々の関心を集めていたフレーム技術は、前三角のラグ構造のカーボンチューブを使用した2300として世の中に現れる。翌年には後三角にもカーボンチューブを採用した2500モデルをリリースして軽量化の概念を塗り替えた。

1989年  イギリス・ドイツのトレック子会社設立を皮切りにトレックはそのマーケットを世界規模に拡大し始めた。2005年には世界90カ国以上に、トレック支社10社と各国代理店を70件に広げ、世界最大級の販売店網を持つまでに成長した。

1990年  子供達だってトレックバイクに乗りたがる。トレックは子供たちの期待にこたえるべく、多様なキッズバイクを発表する。

1992年  トレックは革新的なカーボン製法「OCLV」を発表。この製法では、宇宙航空産業の厳格な基準を上回る精度のフレームを作り出すことを可能とする。5500、5200は世界最軽量のロードバイクとして話題を集め、ツール・ド・フランスの歴史を塗り替えたアメリカンロードの代名詞となる。

1993年  マウンテンバイクの生みの親であり、その型破りな才能の持ち主として称えられたゲイリー・フィッシャーがトレックの傘下に入り、オフロードシーンにおいて最も人気のあるブランドをトレックにもたらす。

1995年  OCLVカーボンを使用した新たなフルサスペンション「Yバイク」は、その革命的なフレームデザインで自転車業界に大きな衝撃をもたらした。かつてないその斬新な一体型トライアングルフレームは、後に最も評価の高いマウンテンバイクの一つと認められる。



1996年  自動車業界と自転車業界の世界初となるコラボレーションチーム「トレックVWチーム」が発表される。

1997年  トレックとUSポスタルチームは、ガンとの診断を受けヨーロッパプロチームを解雇されたランス・アームストロングと契約を結ぶ。しかし、元世界チャンピオンであるランスとは言え、病気を抱える彼がレース界に復帰出来るのかどうかは誰にもわからなかった。

1998年  素材開発やサスペンション技術において最先端の技術を保持するために、トレックはACG(Advanced Concept Group)を創設。この精鋭集団からなる開発チームのモットーは「三輪車からツール・ド・フランスに至るまで」であり、カテゴリーを問わず最高の製品を世に送り出すことであった。

1999年  ランスが5200を使用し、ツール・ド・フランスで総合優勝を果たす。ランスはアメリカチーム所属でアメリカ製バイクを使用しツールで優勝した初のアメリカ人となった。ランスの絶大な影響力により、OCLVカーボン5200はそれまでに最も売れたロードバイクの一つとなる。

2000年  女性サイクリストの増加を受け、トレックは新たに女性専用のバイク「WSD」とアクセサリーの開発を行い、ラインナップに加える。

2001年  すべてのサイクリストが同じでないように、乗る人それぞれの個性を生かしたバイクを作るためのカスタムカラープログラム「プロジェクト1」がスタート。トレック独自のこのプロジェクトは数千通りのパターンが可能で、まさにあなただけのバイクが楽しめる。

2002年  ティム・デブーンがトレックTTバイクに乗りハワイ島コナで行われたアイアンマン世界選手権で2年連続チャンピオンとなる。

2003年  トレックは自転車と旅をする新しい事業部門「トレックトラベル」を設立。自転車と共に休暇を過ごすというライフスタイルをテーマとして、世界有数の観光地の中からイタリアのトスカナへの1週間の旅が最初のツアーとして選ばれる。

2004年  記録が塗り替えられる。トレックとランス・アームストロングは新モデル「マドンSL」を実戦へ先行投入しツールで圧勝、ツール・ド・フランス6大会連続総合優勝を果たす。ランスのシグネチャーカラー「La Plata Negra」がプロジェクト1ラインナップに加えられる。またランスは新作のボントレガーレースXXXライトOCLVホイールを披露する。

2005年  2005年シーズンをもって引退表明をしたランスは、前人未到のツール・ド・フランス7連覇を成し遂げる。トレックは彼のこの偉業を達成させるために、OCLVボロンを使用したTTXタイムトライアルバイクとマドンSSLxを発表。レースで使用する物を製品化するという理念の下、翌年には両モデルが販売される。

2006年  1,200坪にも及ぶ新たな工場をトレック本社に増設。留まるところを知らないカーボン需要にも対応できるようOCLVカーボン専用の生産部門を増やし、これにあわせて開発、研究部門も拡大した。